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ノーベル物理学賞受賞者、湯川秀樹


湯川秀樹氏の功績

湯川秀樹は1949年に、中間子の存在を予言した論文でノーベル物理学賞を受賞しました。また、これは記念すべき日本で最初のノーベル賞受賞でもあります。しかし元々のきっかけになる構想を発表した当初は、海外学者の間では特に話題にあがっていませんでした。それは湯川秀樹が当時まだ28歳の若者であったことと、あまりにも大胆で、これまでの歴史を覆すような大発見であったが故にです。ただそんな中でも何人かの目にとまったことを引き金に研究が進んでいき、さらには実際に中間子が発見されたことで若き天才・湯川秀樹の名は世に浸透していき、ノーベル賞受賞に至りました。ノーベル賞受賞以前にも、1940年には学士院恩賜賞、1943年には最年少にして文化勲章を受章するという功績も残しています。
湯川秀樹は京都大学を卒業後、そのまま副手として残ったり、講師職を得たり、大阪大学に移籍したりと点々としながら生活をしていましたが、その間論文を特に完成させていなかったがために、ついには「論文を書け」と教授に怒られたこともあったようです。しかし、それを受けて発表した論文によって日本人初の快挙を成し遂げてしまったのですから驚きです。論文としては発表はしていませんでしたが、実は心の中ではずっと物理学的問答を繰り返していたという根っからの研究者気質な人物だったようです。

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